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本の紹介「中池見湿地」

「中池見湿地 奇跡の泥炭湿地」齋藤慎一郎著、私版本、2009年3月、ISBNなし、1600円


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【西村寿雄 20090503】【公開用有】
●「中池見湿地」齋藤慎一郎著、私版本

 敦賀市にある中池見泥炭湿地を開発の危機から守った著者齋藤慎一郎さんの保全活動の一部始終が脈々と綴られている。一坪地主運動や各分野の専門家による学術調査、それを国際的な自然保護の舞台にまて登場させ、開発の危機を回避させるまでの経緯が、まるでドラマのように展開されている。
 あわせて、泥炭湿地の生物相も総合的に読み取ることが出来る。泥炭湿地の生物多様性と重要性が改めて認識させられる。後半にある世界の「泥炭地紀行」も楽しく読める。
 この本が著者の生前ぎりぎりの著述であることもあわせて、著者の「強さ」が各所に感じられる書である。

 お薦め度:★★★★  対象:ナチュラリスト

【加納康嗣 20090423】
●「中池見湿地」齋藤慎一郎著、私版本

 畏友齋藤慎一郎が壮絶な癌闘病の中で書き上げた遺稿である。彼を支えた妻好子さんが彼の執念を助けるために資料を探し、パソコンで入力して仕上げた共同作業であり、多くの部分は半月ほどで書き上げられ、脱稿後僅か10日ばかりで亡くなっている。
 主な部分は敦賀市の中池見湿地に魅せられ、寝食を忘れて保護運動に邁進した報告である。泥炭地の読みもの的解説もある。保護運動の最大のターニング・ポイントとなったコスタリカ・ラムサール会議に乗り込んだ場面は臨場感があふれ面白くて一気に読み進む。世界のそうそうたる専門家の前で、素人がたどたどしく語るその情熱に感服する。「専門用語が飛び交うから、食らいついていかなければならない。ずぶの素人の私は、必要に迫られてそれをした。肝腎なのは開かれた心を持つことだ。海外の、しかも優秀な科学者たちは、その心をちゃんと持っている。いじけることはない。求めよ、さらばあたえられん。叩け、さらば開かれん。」
 泥炭地学の読み物的解説は類書がない。経験に基づいたものだけに楽しく読める。独特の大仰な言い回し、明晰で引き込まれる語り口は死が間近に迫っているとは感じられず、さすが名文家であると感心する。
 自然と音楽と平和を愛した著述家であった。興味の広がりは大きく、自分では本業を「生命の民俗学<または民俗楽>及び翻訳」と称していたが、方言研究者、クモ研究者としても著名である。また、詩、短歌、俳句、童謡、小説、写真、作詞作曲、創作折り紙など多様な創造活動がある。バッハを愛し、チェロを奏で、憲法9条擁護活動にも力を注いだ。著書に「クモの合戦」(共著、未来社)、「クモ合戦の文化論」(大日本図書)、「虫と遊ぶー虫の方言誌」(大修館書店)、「ア・カペラ混声合唱のためのー歌う昆虫記」(中島はる作曲、齋藤慎一郎作詩、サーベル社)、訳書として「イギリスの都会のキツネ」「フクロウの不思議な生活」ほか(ワイルドライフ・ブックスーシリーズ、晶文社)などがある。
 生の齋藤慎一郎を知ったことは、かけがいのない貴重な思い出となっている。自称「クモクモ仙人」のご冥福をお祈りする。

 お薦め度:★★★★  対象:環境のことを考える方

【萩野哲 20090824】
●「中池見湿地」齋藤慎一郎著、私版本

 25haという狭さゆえか、中池見湿地の名前はほとんど世間に知られていない。しかし、この狭い中池見湿地は、10万年の形成史を誇る顕著な泥炭層の深さ、生物の多様性等、世界有数の学術的価値を持っている。その中池見湿地が大阪ガスのLNG備蓄基地になる計画が持ち上がり、著者らは国際会議を通じてその状況を訴え、危機から救った。このような地質、生物の情報、保護の経緯(そして今の状況も必ずしも明るくない)が本書を読んでよく理解できる。本書は末期ガンに侵された著者が、亡くなるまでの1か月足らずで書き上げた、まさに命がけの記録である。

 お薦め度:★★★★  対象:残すべき自然を探索したい人

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