セミナー等の報告

 年に数回、学会の大会にでかけていろんな人の研究内容に触れる機会があるのですが、それだけでは充分ではありません。学会では発表できないような未完成の研究も含めて、さまざまな研究の最前線に出会うことができるのが、大学の研究室のセミナーです。また学会以外にもさまざまな形で講演会が企画されることがあります。こういったさまざまな集まりで聞いた話を報告します。ただし大学のセミナー等での発表は、正式な意味では公表されたものではないので、肝心な部分を伏せる場合もありますので、ご了承ください。

ワークショップ「生物多様性の保全 −実践と理論−」 (1997年11月12日)
日本鳥学会員近畿地区懇談会第61回例会(1997年12月13日)
京都大学理学部動物学教室生態研究室の生態談話会(1998年2月23日)
日本鳥学会員近畿地区懇談会第62回例会(1998年3月14日)


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●日本鳥学会員近畿地区懇談会第62回例会 at 伊丹市昆虫館(1998年3月14日)

 日本鳥学会員近畿地区懇談会については第61回例会の報告を見てもらうことにして、今回は兵庫担当の春の例会です。演題は3題ですが、あんまりまとまりはありません。総会もありましたが、割愛します。

  ・福井 亘氏「GISを利用した鳥類に関する調査研究について」
  ・中谷康弘氏「ハチドリの繁殖」
  ・大崎直太氏「チョウのベイツ式擬態はなぜオスに発現しないのか」

・福井 亘氏「GISを利用した鳥類に関する調査研究について」
 GISというのは、Geographic Information Systemの略で、まあ地図上に記入するような情報をコンピューター上で扱うシステムってところです。ワークステーション級のコンピューターと専用のデジタイザーがいるそうで、まだまだ気軽にできるものではないようです。プロットを落とすための地図の作成は、やっぱり面倒くさそうやし。

・中谷康弘氏「ハチドリの繁殖」
 中谷さんは橿原市昆虫館でハチドリの飼育を担当されています。日本ではいくつかの施設で、ハチドリの飼育が試みられていますが、繁殖させることができたのはほとんど橿原市昆虫館だけです(あとは多摩動物園でチャムネエメラルドハチドリが繁殖した例があるくらいだそうです)。ここ3年くらいは毎年、ヒナが巣立っているそうです。ちなみに繁殖期は12-3月で、今なら巣立ったヒナが見られます。
 橿原市昆虫館で飼っているハチドリはペルーから来たもので、現在11種約30羽がいます。種類は、オアシスハチドリ、ブロンズインカハチドリ(昆虫館で最大の種で全長約15cm)、アオミミハチドリ、チャイロハチドリ、シロスジエメラルドハチドリ、ユキハラエメラルドハチドリ、チャムネエメラルドハチドリ、オウギハチドリ(昆虫館で最小の種で全長約7cm、約2g)、ミドリフタオハチドリ、ホソフタオハチドリ、エンビモリハチドリです。このうちブロンズインカハチドリからユキハラエメラルドハチドリまでの5種が繁殖したんだそうです。繁殖は、造巣に1-2週間、産卵数は2個、抱卵期間が15-17日、育雛期間が4週間。小さい鳥にしては育雛期間が、とても長いように思います。
 餌はグルコースが主の人工ネクター。あとは蛋白源にバナナに発生させたショウジョウバエを与えているそうです。平均すると1羽が一日に20-25ccものネクターを飲むそうです。
 輸入の際や放鳥前の馴化の時期によく死ぬそうですが、それを乗り越えると比較的飼いやすいそうです。気を付けなくてはいけないのは、ネクターに菌類が繁殖すると、舌や肺が菌に冒されて死んでしまうんだそうです。また個体識別用に足輪を付けると、足と足輪の間に舌を入れて、舌を切って死んでしまうんだそうです。舌切りスズメは死ななかったみたいですけどねえ。

・大崎直太氏「チョウのベイツ式擬態はなぜオスに発現しないのか」
 チョウは雌のみが擬態している例がとても多いんだそうです。それがどうしてかを、ベニモンアゲハに擬態するシロオビアゲハ(雄は擬態していないし、雌の中にも擬態しているのとしていないのとがいる)を材料に研究したという話です。チョウを食べるのが鳥なので、この例会で話していただきました。
 で、結果は、シロオビアゲハの雄と擬態雌に比べて、非擬態雌は鳥によく捕食されるんだそうです。なんで雄は擬態していなくもあんまり捕食されないのかは、データは示されませんでした。なぜすべての雌が擬態しないかというと、擬態した雌は捕食されなくなるものの、雄に好まれなくなり、寿命が短く、幼虫時代の発育に時間がかかる、といったコストがあるからだそうです。


●京都大学理学部動物学教室生態研究室の生態談話会 at 京都大学理学部2号館2階会議室(1998年2月23日)

 ふつうの大学の研究室ではゼミとかセミナーとか言うのですが、京都大学の動物生態では”談話会”といいます。ほぼ毎週月曜日の午後1時30分から始まります。議論が出尽くすまで行われるので、場合によったらいつまでも続くことになります(たとえば出来の悪い修士論文の発表の時など)。一応誰でも話を聞きに行くことができますし、発言も自由です。談話会係の人にお願いしたら、案内も送ってもらえると思います(少しはお金を渡した方がいいとは思いますが・・・)。

 今回の談話会は、「樹木の果実生産量がヒヨドリの冬期の食性などに与える影響」という題で、大阪市立自然史博物館の和田岳さんが話しました。

 この4年の冬をみると、1994年度と1996年度は果実が不作で、1995年度と1997年度は豊作。この果実の豊凶が、ヒヨドリの冬期の食性や脂肪蓄積、越冬域内での移動に影響を与える、という内容でした。さらに、果実の豊凶は、ヒヨドリを通じてサザンカの結実率やコバチ類の個体群動態にまで影響を及ぼしているんじゃないか、という大胆なことまで喋っていました。

 大胆な話の展開はおもしろいのですが、データ以前に話の展開ができていて、それにデータがついていっていないのが残念です。果実の豊凶のヒヨドリへの影響の部分はまだ少しはデータがあるとしても、さらにサザンカやコバチ類についてまで関係づける部分では、データはまったくと言っていいほどありません。こんないい加減な話でもできるというのが、生態談話会のいいところっていうことでしょうか。実験的操作を含めて、もっとしっかり細部のデータをとってほしいものです。この演者にそこまで求めるのは無理かもしれませんが・・・。


●日本鳥学会員近畿地区懇談会第61回例会 at 森林総研関西支所(1997年12月13日)

 日本鳥学会員近畿地区懇談会というのは、日本鳥学会の会員の中の近畿在住者が集まってできた組織ですが、日本鳥学会の公式の地区会ではありません。年に3回(3月頃に兵庫、7-9月頃に大阪、12-1月頃に京都)の例会を行なっています。兵庫、大阪、京都にそれぞれ2名ずつの世話人がいて、担当する例会の演者を手配します。案内の送付や会費の管理は事務局が行ない、事務局は2年ごとに京都-大阪-兵庫の順番で世話人が引き受けます。ちなみに私は大阪の世話人の一人で、現在事務局も担当しています。年会費500円です。よかったら入会してください。希望者は和田(wadat@omnh.jp)まで。別に日本鳥学会員である必要はありません。

 今回の例会は、「種子分散過程における鳥学的課題」と銘打って、以下の4名の話題提供がありました。通常は2-3名であることを考えると盛りだくさんです。ただし2番目の演者は、10分程度の短報ということでした。
  ・野間直彦「ツグミが来ない冬に何が起きたか〜果実数の年変動の生態」
  ・和田 岳「ヒヨドリの冬期の食性について」
  ・Hajanirina R.「Seed dispersal by the Velvet Asity Philepitta castanea in the Madagascar rain forest」
  ・村上 悟「タイにおけるサイチョウのねぐらにおける種子分散〜実習報告」

・野間直彦「ツグミが来ない冬に何が起きたか〜果実数の年変動の生態」
 1995年度の冬は、西日本を中心にツグミなどの冬鳥が少ない年でした。この年は、日本全国のみならずロシアの沿海地方でも、液果をつける樹木が豊作だったんだそうです。果実食の渡り鳥は、液果が豊作の年には、例年のような渡りをせずに、北に冬の間も留まるのではないかという話でした。実証するには各地での、果実と鳥についての情報を集積する必要があります。
 ちなみに少なくとも屋久島(野間さんのフィールドです)では、1988年度の冬は1995年度よりも果実が豊作だったんだそうです。ところがこの年は冬鳥はそれなりにいたんだそうです。すでに仮説は破られているのでは?

・Hajanirina R.「Seed dispersal by the Velvet Asity Philepitta castanea in the Madagascar rain forest」
 マダガスカルに棲むビロードマミヤイロチョウをいう鳥による種子散布の報告でした。この鳥はもともとは果実食専門の鳥ではなかったそうで、胃がけっこう丈夫。そのためかこの鳥に食べられると、いくつかの樹種では種子に傷がつくらしく、食べられた報が発芽率が低くなるんだそうです。たいてい果実食の鳥に食べられると、発芽率は高くなるんですけどね。

・村上 悟「タイにおけるサイチョウのねぐらにおける種子分散〜実習報告」
 タイでオオサイチョウ、シワコブサイチョウ、カササギサイチョウの集団ねぐら(非繁殖期には数百羽が数本の樹に集まって寝るんだそうです)の周りの植物の芽生えを調べた。その結果、ねぐらの樹の周りではねぐらでない樹の周りよりも、サイチョウの果実を食べる樹種の芽生えの割合が高かったそうです。ねぐらの周りに種子を散布するわけですね。ねぐらはけっこう移動するそうですから、植物の側としてもそれでいいんでしょうね。


●第13回京都賞受賞記念ワークショップ基礎科学部門「生物多様性の保全 −実践と理論−」 at 国立京都国際会館(1997年11月12日)

 京都賞というのは稲森財団が金を出して、先端技術部門、基礎科学部門、心理科学・表現芸術部門について毎年合計3名が選ばれる章です。基礎科学部門では数年に一度、生物学(進化・行動・生態・環境)から選ばれます。世界的な業績を残した人が選ばれて、日本まで来て講演をしてくれますので、今まで論文や本ででしか知らなかった人の話を直接聞くチャンスです。
 今年の受賞者はダニエル・ハント・ジャンセン。川那部浩哉氏の紹介文によると、「ジャンセン博士は、現代熱帯生態学の草分けの一人として、植物と動物との相互関係についての、防衛・送粉・被食回避のための共生に関する研究を出発点に、生物多様性成立要因としての捕食者仮説など、さまざまな刺激的な論考を提出して、熱帯生態学の面白さと重要性を広く学会に知らしめ、この学問分野の興隆(原文では”交流”となっているが変換ミスだと思います)の基礎を築かれました。また、生物多様性問題や保全活動家としても幅広い活動を続けておられることも、広く知られているとおりです。」ということです。とくに付け加えることがない紹介文だと思います。
 私個人にとっては、アリ植物に関する研究(紹介文での”被食回避のための共生”にあたります)や、熱帯雨林の樹木の多様性を種子の捕食に基づいて説明した研究(紹介文での”生物多様性成立要因としての捕食者仮説”にあたります)が印象に残っています。

 ワークショップと称しているだけあって、ジャンセン以外にも6つの講演があり、すべての講演が終わった後でシンポジウムもありました。しかしこのワークショップはジャンセンの講演に尽きるでしょう。
 一応、演者と演題をあげておくと、
  ・湯本貴和「東南アジア熱帯の一斉開花の送粉生態学」
  ・エドワード・アラン・ヘレ「新世界区のイチジクとその共生者から学んだこと」
  ・箕口秀夫「ブナ科の種子散布と種子捕食」
  ・丸橋珠樹「森に生き森を創る霊長類と哺乳類」
  ・山村則男「被食防衛の進化理論」
  ・加藤真「島嶼における特異な生物相とその保全」
  ・ダニエル・ハント・ジャンセン「非破壊的利用による季節熱帯林保全のための芸術と科学」

・「非破壊的利用による季節熱帯林保全のための芸術と科学」ダニエル・ハント・ジャンセン(アメリカ合衆国・ペンシルヴァニア大学)
 数々の刺激的な研究で知られるジャンセンだが、1980年半ばを境に(本人の弁によれば)基礎科学は趣味にしてもっぱら保全生物学の実践に打ち込んでいる。その理由というのが、このまま生態学者が基礎研究だけを行なっていたら、近い将来生態学者が研究する対象自体がなくなってしまうという危機感を持ったからだそうです。で、活躍の舞台は、中米のコスタリカの北西部にあるグアナキャステ保全地区(通称ACG)。この保全地区は、海岸から山の上まであらゆる環境を含み、面積は1200平方km(コスタリカの面積の確か約2%にあたると言っていたと思う)という広大なもの。
 このACGには約235000種の生物が生息しているという。この数字だけでなく、こういった数字を提示することだけでもものすごい。世界中の少なくとも熱帯林で、生物が何種いるかという数字をあげられるのはACGくらいなものだと言う。
 ジャンセンの保全活動のポイントは、自然環境を経済的は利益を生み出す「庭」(あるいは牧場でも農場でもいい)と見なし、実践するというもの。つまり経済的な価値しか理解できない輩には、経済的な価値があるということを教えるしかないと割り切ったということでしょう。これは世界的な趨勢のようでいながら、日本人はまだまだ割り切れずにいるようにも感じます。経済的な価値とは、たとえばエコツーリズム、保水機能や炭素の貯蓄機能、遺伝的あるいは化学的物質の供給源、廃棄物の分解場所などです。この中には、あきらかに生態系に少なからぬダメージを与える利用の仕方も含まれています。ジャンセンの現状認識では、一部を犠牲にしてでも利用しなければ、すべて失われてしまうというものです。たぶんそうなのでしょう。
 単に利用することによって経済的価値を見いだそう、という主張だけでなく、多くの人にそこの生物と生態系についての理解を深めてもらう必要があるというのが、もう一つの主張です。ちなみにACGについてはホームページも作られています。まだまだ未完成ですが一度見てみてください。URLはhttp://www.acguanacaste.ac.cr/です。
 ジャンセンの話の仕方はとにかくものすごくうまい。簡単な単語の簡単な言い回しで理路整然と話をするし、”use it or lose it”などといった標語も挟み込まれる。話し方もゆっくりめで聞き取りやすく、とても自信を持っているように聞こえる。まるでアメリカ合衆国の大統領の演説みたい。ACGの成立もその運営もジャンセンなしでは考えられない。それを勝ち取るためにコスタリカの政府関係者などを相手にかなりの場数を踏んでるんだろうなあ、と思った。
 さかんに約1月後同じ場所で開かれるCOP3において、CO2の排出量の抑制の話をするだけでなく、生態学者は世界の森林面積を増やすことによって大気中のCO2量を減らすと言う方向での働きかけをすべきだと主張していた。この時期に日本に来たのはこのことは言うためだったのかもしれない。