「近畿地方における保護上重要な植物−レッドデータブック近畿−」(1995)関西自然保護機構発行

●14名の研究会メンバーと多数の協力者によって,4年の歳月を費やして完成したリスト.この書物が植物の保護に有効に利用され,「近畿地方の植物相の豊かな個性」が守られ続けることを願います.

目次

はじめに(本文抜粋)

全国初の地方版

特色

急減や絶滅の原因

基礎資料としての標本

購入方法


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全国初の地方版植物レッドデータブック

 1989年に「わが国における保護上重要な植物種の現状」(通称:全国版レッドデータブック)が出版されました.この書物の植物保護への貢献はたいへん大きなものでしたが,対象とした地域が日本全土であるために,各地域におけるきめ細かな植物保護を検討する上ではかならずしも万能ではありません.そうした問題を解決するために,全国ではじめて編集された植物の地方版レッドデータブックです.


「レッドデータブック近畿」の特色

 最大の特色は,全体の6割が近畿地方の植物相についての概論となっていることです.

 植物の保護には,保護すべき植物リストはもちろん,その地域の植物相に関する包括的な知識がたいへん重要です.本書では,そうした地域の情報をできるかぎり盛り込むことによって,植物保護への活用をめざしました.


−−「近畿地方における保護上重要な植物−レッドデータブック近畿−」の目次−−

はじめに

1.総論:1.本書の目的と構成,2.種の多様性と環境を保全する意義,3.保全のための方策とその問題点,4.「移植」と「人工増殖」

2.近畿地方の植物:1.気候と植物,2.地質・地形と植物,3.近畿地方の植物相の特徴

3.保護上重要な植物の選定経過と生育環境区分:1.一次候補の選択,2.府県別の現状把握,3.種類別の評価と二次・三次候補の選択,4.最終案の決定,5.生育環境の区分

4.保護上重要な植物の生育環境:1.水域,2.貧栄養湿地,3.富栄養湿地,4.原野,5.水田,6.塩生湿地,7.砂浜,8.海岸,9.山草地,10.カヤ草地,11.里草地,12.河原,13.岩場,14.二次林,15.極相林

5.府県別各論:1.兵庫県,2.大阪府,3.京都府滋賀県,4.滋賀県,5.奈良県,6.和歌山県,7.三重県

●あとがき

●引用文献

●参考になる文献

●謝辞

●近畿地方の保護上重要な植物目録

●府県別近畿地方の保護上重要な植物の和名さくいん

●近畿地方の保護上重要な植物の生育環境と府県別分布情報


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急減や絶滅の原因−近畿地方の特色−

 862種類という驚くほど多くの植物が保護の必要に迫られています.しかも,意外なことにこれらの植物は,けっして深山幽谷の植物ばかりではありません.かつては,ごく普通にみられた身近な植物もかなり含まれています.たとえば,秋の七草のフジバカマ,水草のアサザ,水田雑草のアゼオトギリなどは信じられないほど稀少になりました.身近な植物が急速に消えゆく事実が一体何を意味するのか・・・この本の出版を機会にぜひ考えていただきたいと思います.


基礎資料として重要な標本

 植物の分布の実状を知るには,確実な情報に基づくことが必要です.当り前のことですが,実は大変困難なことです.例えば,過去の文献記録の真偽が疑わしいとき,その植物が現在も同じ場所に生育していれば問題ありませんが,すでに絶滅した場合は確かめようがありません.これを可能にするのが,過去に採集されて保存されている押し葉標本です.近畿地方では,京都大学理学部植物学教室,大阪市立自然史博物館,頌栄短期大学などの充実した標本庫があり,これらの存在がレッドデータブック編集において果たした役割は計り知れません.


「近畿地方における保護上重要な植物−レッドデータブック近畿−」より抜粋

はじめに

 人類社会の急速な発展の一方で,さまざまな生物種が地球上から次々に姿を消しつつある.頻繁な報道を契機に,地球環境の悪化や絶滅に瀕する生物に対する関心が高まり,社会問題として注目を集めている.同時に,生物種とそれらを包含する自然の存続のために,いまこそ人類は最大限に努力すべきだとの気運が世界的に高まっている.

 1989年,こうした情勢を背景に出版されたのが,「我が国における保護上重要な植物種の現状」(以下,全国版レッドデータブックと呼ぶ)である.同書は全国レベルで減少傾向の著しい植物をリストアップするとともに,減少の最大の原因が,水辺や里山などの開発と園芸目的の採集であることを指摘した.さらに,日本の野生植物の危機的状況が従来考えられていた以上に深刻で,保全への取り組みが緊急の課題であることを訴えた.

 全国版の普及により,絶滅が危惧される植物についての社会的関心が高まり,同書にリストアップされた種の保護については,行政的にもある程度の配慮がなされるようになってきた.しかしその一方で,目録に記載されていないという理由だけで無視されるようになった植物も多く,一部では「目録にないから保護する必要がない」という困った風潮さえみられる.

 近畿地方では,全国版にリストアップされていない種の中にも,それ以上に深刻な事態に直面している植物が少なくない.これは,全国版でとりあげられた植物が「全国的な減少傾向が著しい種」に限られており,「全国的にみた場合には著しい減少はみられないものの,近畿地方では分布の限られる種,減少の著しい種」については,同書の対象とされていないためである.地域レベルの植物の保護を考える際に,全国一律の尺度のみを評価基準にすれば,個別の地域の実状にそぐわない部分が生じ,かえって弊害をうむ場合があることは当然である.植物の保護には,その地域の特性を充分に考慮する必要がある.

 私たちが,「レッドデータブック近畿」の必要性を痛切に感じたのは,これまで近畿で絶滅あるいは激減した植物の多くが,近畿地方の植物相の「個性」を語るうえで極めて重要な位置を占めているからである.そして,こうした植物の生育を支えてきた多様な自然環境の適切な維持管理の必要性を早急に訴えなければ,近畿地方の植物相の「個性」が永久に失なわれてしまうことが確実視されるからである.これらの植物は,近畿各地の地形・地質・気候の特性とその変遷の歴史を物語る生き証人であり,その中には草刈りや火入れといった人間活動とのかかわりによって生きのびてきたものが少なくないことを強調しておきたい.

 本書は,近畿地方における保護上重要な植物種の現状をできる限り詳細にとらえ,植物保護の基礎資料として活用してもらうことを目的としている.そのために,保護上重要な植物のリストとともに,生育環境の適切な維持管理に必要な情報を提供しようとするものである.しかしながら,本書も各府県レベルでみた場合には必ずしも十分なものではない.本書の刊行を契機に,各府県単位で同様の取り組みがなされることを期待したい.

 なお,本書の刊行にかかわる調査研究には,平成3年度タカラ・ハーモニストファンドと平成5年度藤原ナチュラルヒストリー振興財団から研究活動助成を受けた.ここに記して,深く謝意を表する.

1994年12月

レッドデータブック近畿研究会


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